大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(行コ)3号 判決 1966年1月26日

控訴人 大蔵大臣

控訴人兼付帯被控訴人 国

代理人 上野国夫 外五名

被控訴人、兼附帯控訴人 下高原虎龍

主文

原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実<省略>

理由

一、訴外則武貞吾、小玉源一、原赴雄が本件社債につき、原判決第二目録記載のとおりその所有に属するものとして、それぞれ昭和二〇年二月二〇日外貨債処理法施行規則第九条に基づき、大蔵大臣石渡荘太郎に対し所有証明書の発給申請をしてその発給を受け、これを添付して日本政府に対し外貨債処理法第二条による借換の承諾書を提出し、同年一〇月三一日本件社債が日本銀行神戸支店取扱臨時登録三分半利国庫債券せ号甲種なる登録国債に借り換えられたこと、本件社債が無記名持参人払式であること、本件証券に穴あけ、記載事項の抹消その他これを無効とする行為が行われていないこと、右借換につき被控訴人の承諾がなかつたこと、被控訴人が旧外貨債処理法による借換済外貨債の証券の一部の有効化等に関する法律第三条第一項第一号に基づき、昭和三六年三月九日大蔵大臣水田三喜男に対し、本件社債の有効化の申請をしたところ、昭和三七年四月三日蔵理第二、七五八号をもつて申請を拒否されたこと、被控訴人が明治四一年(一九〇八年)カナダに渡り大正三年(一九一四年)同国に帰化したこと、その後バンクーバーにおいて商業を営みある程度の資産を作りあげたことは、当事者間に争いがない。

二、被控訴人は「一九三〇年(昭和五年)の前後数年の間に数回にわたつて、本件社債をブラウン・アンド・コンパニーほか数名から買い入れ、グランビル・ストリート四五〇番地所在のモデスト・リミテツドの店の金庫に保管し利札金を受領していた。一九三五年(昭和一〇年)頃妻とともに世界旅行をする計画をたて旅費一万ドルを日加貯蓄から借り受け、その担保および利札金受領委託の趣旨で、本件社債を日加貯蓄に預託していた。今次大戦が始まつた一九四一年(昭和一六年)一二月頃その返還を受け、モデスト・リミテツドの金庫に保管していたが、一九四二年(昭和一七年)カナダ政府の強制によりモントリオールに移転したとき、これを他の証券類と一しよに持参し、同年四月からカナダ銀行モントリオール本店、一九四三年(昭和一八年)九月から同銀行のモントリオール市セントカタリン・アンド・メトカルフエ街支店の各保護預り金庫に保管していた。利札は一九四一年六月分まで受領した。以上のとおり本件社債は被控訴人の所有である。」と主張し、被控訴人が本件証券を占有していることは原審における被控訴人の供述により認められるから、被控訴人は本件社債につき所有権を有するものと推定される。

三、しかし(証拠省略)を総合すれば、次の事実が認められる。

神戸市に本店を有する田村商会(田村新吾、その死亡後は田村享の個人営業)が今次大戦の前に莫大な資産を有し、バンクーバーにもその支店を置いて手広く貿易を営んでいた。本件社債は同商会がバンクーバー支店に保留されていた資金で一九三〇年頃購入した。小玉源一および則武貞吾は交互にバンクーバーに滞在して同支店の事務を主宰し、原赳雄はその下にあつて同人らを補佐していた。本件証券は一度日本に運ばれたが、一九四一年(昭和一六年)より数年前に再度バンクーバーに移され、カナダ銀行(カナデイアン・バンク・オブ・コンマース)バンクーバー支店の保護函に保管されていた。右商会バンクーバー支店は則武および小玉名義でナシヨナル銀行(ナシヨナル・バンク・オブ・コンマース・オブ・シアトル)と取引契約をしていた。本件社債の利札は毎期ナシヨナル銀行で換金され、同銀行に預けられたり、又は、右商会本店に送くられたりしていた。一九三九年(昭和一四年)カナダ政府が施行した外国為替管理法に基づく本件社債の届出を故意に怠つていた。一九四一年一二月今次大戦が始まつた後則武貞吾が本件証券を前記カナダ銀行保護函から取り出して自宅の地下室に保管していた。則武貞吾と原赳雄は急に交換船で日本に引き上げることとなり一九四二年(昭和一七年)五月四日バンクーバーを出発したが、本件証券の持ち帰えりが許されないところから、その頃かねて知り合いで、なおバンクーバーに残つていた被控訴人に本件証券を保管のため預け、領り証を受け取り、証券の記号番号を控えておいた。しかし、かかる書類の持ち帰りが許されなかつたため、預り証のうち被控訴人の署名部分のみを切り取り、番号は暗号に組んで持つて帰えつた。帰国後則武貞吾が小玉源一、原赳雄と相談し田村享の承諾のもとに同人らの名義で前記のとおり外貨債処理法に基づく借替の手続をした。

以上の事実が認められる。

(中略)

四、なお、次の諸点は、被控訴人の供述を排斥し前項の認定を支持するに足りるものである。

(イ)  (証拠省略)によれば、カナダ政府が一九四一年七月対日資金凍結令なる法令を施行して、日本証券の届出の義務を課したことはないことが認められ、したがつて、被控訴人が一九四一年本件社債をカナダ政府に届け出でた旨の被控訴人の前記有効化申請の追加申立書(乙第五〇号証の一)、本件訴状、および宣誓陳述書(甲第一号証)の記載がいずれも事実に相違していると認められる。

(ロ)  (証拠省略)によれば、被控訴人の妻英子およびその妹内田富美子が被控訴人の一九三五年頃の世界旅行の計画についてなんら聞いたことがないことが認められ、被控訴人が世界旅行の計画の内容について述べるところがないことと相まつて、世界旅行の計画がたてられたことはないと推測される。

(ハ)  (証拠省略)によれば、一九三九年九月一六日カナダ政府が外国為替管理法を施行し外国証券について届出の義務を課したことが認められるが、被控訴人は本件社債についてその届出をした旨の主張も供述もしないので、かかる届出をしたとは認められない。

(ニ)  (証拠省略)によれば、本件社債の一九四一年一二月の利札が田村商会バンクーバー支店が借り受けていたナシヨナル銀行の保護函第五七七号に保管されていたことが認められる。

(ホ)  (証拠省略)によれば、被控訴人が一九五五年八月五日モルガン・ガランテイ・トラスト・コンパニーに本件社債の売却依頼をしたことが認められ、本件社債の一九四一年一二月から償還期日の一九五三年六月までの利札が合計金十万八千ドル(一年九千ドルの割合による一二年間分)に達するのであるところ、被控訴人がその受領方を考慮したとみるべき資料がないので、利札金の受領についてはそれまでになんら考えられていなかつたと認められる。

(ヘ)  (証拠省略)によれば、日加貯蓄はカナダの法律に基づいて設立された法人であつて、カナダ政府の監督がきびしく本件社債のような外国証券を担保にして金一万ドルもの大金を貸し出すことはできなかつたことが認められ、(証拠省略)によれば、被控訴人と日加貯蓄との間に銀行取引がなかつたこと、日加貯蓄が本件社債の利札を取り立ててこれを被控訴人に支払つた事実はないこと、一九三五年頃日加貯蓄が被控訴人に金一万ドルを貸し付けたことはないことが認められる。

(ト)  (証拠省略)によれば、被控訴人が一九三〇年頃本件社債を購入できるほどの資産収入を有していなかつたことが認められる。

(チ)  (証拠省略)によれば、被控訴人がカナダ銀行モントリオール本店の保護函を借り受けた日時が一九四二年五月一五日であることが認められ、(証拠省略)、被控訴人がバンクーバーを立ち退いたのが同年五月のことであつて、モントリオールに到着したのが同月一五日の前日頃であることが認められる。

(リ)  (証拠省略)によれば、則武貞吾、小玉源一、および原赳雄はいずれも正直でまじめな性格の人であつて、他人の財産を私するようなことは考えられない人であることが認められる。

(ヌ)  本件社債が被控訴人の所有であつて一九四一年一二月日加貯蓄から返還を受けたものであるとすれば、則武貞吾がその記号番号の控えをつくりこれを暗号に組み変え、また、被控訴人の署名のみを切り取つて持ち帰えるまでの努力を払う理由が明らかにされない。

(ル)  被控訴人は日加貯蓄との取引および一九三〇年頃の資産収入について本人の供述のほかに証拠を提出しない。

(オ) 証人小野勇は原審において本件証券の文字が水でにじんだようになつていたと聞いた旨述べたが、当審において右は表現が不正確であつたとして、本件証券に水がしみていたと聞いたと訂正しており、当審の供述はその態度および理由に照し信用ができ、同人の証言は必ずしも原審における検証の結果と矛盾しない。

(ワ)  (証拠省略)によれば、則武貞吾が生前被控訴人にすまないことをしたと述べていたが、これは被控訴人の妻の母親の病気見舞に行けなかつたのでこのように述べたものであることが認められる。

五、したがつて、本件証券が現に被控訴人の手にあり、民法第八六条第三項、第一八八条により、占有者である被控訴人の所有であると推定されるとしても、以上のとおり本件社債は被控訴人の所有に属するものではなく、田村商会の所有に属し、同商会バンクバーバー支店に保管されていたが、今次大戦により同支店の主宰者則武貞吾が引きあげる際その持ち帰えりが許されないところから、被控訴人にその保管を依頼して預けたものであることが認められるから、被控訴人の本訴請求はいずれも理由がない。

よつて、右と異る原判決部分を取り消し被控訴人の請求を棄却し、本件附帯控訴も理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第九六条第八九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 渡辺一雄 岡田辰雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例